大阪にアメリカ村ってありましたよね

高校生時代の修学旅行は京都へ、というのが当時のお決まりのコースでした。今は高校の修学旅行で海外へも行く時代となりましたが、当時は京都が主流でした。

 

自由行動の日ってあるじゃないですか(必ずかどうか知れないのですけど)、京都市内限定であったのですが僕ら(4人グループ)は当初からの裏計画通りに大阪へ向かったのです。
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大阪へ向かうのは各人それぞれの目的がありました。

大阪名物の「たこ焼き」「お好み焼き」を本場で味わいたい、

大阪の有名ななんとかというのが欲しい、などなど。

そして自分は「アメリカ村へ行ってみたい」というのが目的でした。
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記憶がハッキリとはしないのですが、当時たしか「アメリカ村」というものがあったのです。大阪にアメリカ村?と思うかもしれませんが、アメリカ人が住んでいるということではなく、アメリカ好きのショップなどが集まるある地域が、そう名乗ったのではなかったかな、と記憶しています。

 

言ってみれば東京上野アメ横に対抗した?のかもしれませんが、それまでの経緯がどうだったのか全く知りません。自分が知っているのは、アメリカ人の歌手、ディック・セント・ニクラウスが歌った「マジック」という曲が大ヒットし、そのディック・セント・ニクラウスが大阪を凄く気に入っていて、たしか「大阪ムーン」という曲まで作ったくらいに。そしてそれに気を良くした?大阪の有志たちが「アメリカ村」を名乗った、そんなようなことを覚えています(記憶が間違っているかもしれませんがw)

 

このディック・セント・ニクラウスの「マジック」、当時はラジオ、FMなどで大ヒットしていたのですよね。テレビは見なかったので知らないのですが、ラジオのヒットチャート番組ではものすごく流されていましたね~、時期的には、もんたアンドブラザースの「ダンシング・オールナイト」がヒットした時期と同じ頃ですね。山下達郎の「ライド・オン・タイム」とか竹内まりやの「不思議なピーチパイ」とかw。ああ松田聖子が大人気になり始める頃と言った方がわかりやすいでしょうかね。

 

このディック・セント・ニクラウスは日本の一部で売れた、いわゆる「一発屋」の走りのような人でしょうね。その数年前には「マイ・シャローナ」が大ヒットした「ザ・ナック」という世紀の一発屋みたいなのがいましたが、ナックの場合にはかなり世界的に売れたけれど、ディック・セント・ニクラウスの場合はかなりローカル的な人だったのでしょう。

 

ま、でそんな大阪のアメリカ村ってどんな感じなのだろうか、と僕はとても興味があったので修学旅行の時にぜひとも見てみたかったのですね。

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またなぜだか想い出せないのですが、子供の頃から大阪に対しての憧れみたいなものもありました。引越して住むなら大阪!みたいな。引越しの時には引越し業者 大阪市内の業者を使うのも良いでしょう。